それから

ちょいと読んでかない?30代、心に響く本や音楽、その他のコト

人が平面に見える

午後11時24分。まったく眠れる気配もなくこのブログを書いている。夜のふわふわした頭で、コロナ禍の今の状況を未来人に向かって伝えようと思う。明日起きて読み返したら後悔するかもしれないけど、まあいい。未来人よ、これが2020年の日本人だ。


2020年4月30日。緊急事態宣言が7都府県に発令されてから3週間と少し。全国に発令されてからは2週間になる。いよいよ政府が緊急事態宣言1か月延長の検討に入った。なんかすごくギリギリな感じがするけれど。予定されている5月6日に宣言が解除されることはないだろう。


仕事は3月下旬から完全にテレワークになった。もう約1か月出社していないことになる。どうでもいいが、最初の頃は在宅勤務のことを「リモートワーク」と呼ぶ派と「テレワーク」と呼ぶ派が混在していたように思うが、今ではすっかりテレビでも「テレワーク」が主流になっているようだ。こういうことはこの時代を生きていた人間にしか、たぶんわからない。


食料や日用品の調達以外、ほとんどこの六畳一間から出ることはない。Twitter(2006年からサービス開始されたウェブ・サービスのこと。140文字で『呟き』と呼ばれるメッセージを発信できる)で誰かが「ワンルームからほとんど出ないこの生活、まるで囚人のよう」と例えていたけれど、まさにそんな感じだ。唯一の救いといえば32インチのテレビでAmazonプライム(2007年から開始されたECサイトの有料の会員制プログラム)の映画やドラマが見放題ということぐらいか。いやそれこそが生命線だ。それがなければ私のこの篭城作戦は成立しない。


スーパーのレジで店員さんと二言ほど言葉を交わすのを別にすれば、人間と会話をする、ということがZoom(2013年にサービス開始されたパソコンやスマートフォンを使い、オンラインでセミナーやミーティングを行うために開発されたアプリ)でしかないので、どこか人が平面に見える。私のことを知っている人たちは、パソコンという四角い箱の中にしか存在しておらず、のっぺりとしている。もしかしたらもう存在していないのかもしれない。確かめるすべはどこにもないのだから。


外出自粛が始まる直前、わりと積極的に婚活をしていて、その内の2人と今もLINE(無料の通話・チャットアプリのこと。サービス開始は2011年6月)のやりとりをしている。もちろん会うことはなくて、おもにメッセージのやりとり、一人とはたまに電話、という感じだ。リアルでは、たった1、2回しか会ったことがない、そんな細い細い縁がいつ切れてもおかしくない危うさの中でなんとか続いている。彼らももしかしたら、もうどこにも存在していないのかもしれない。確かめるすべはどこにもない。この世に確かなものなど何もない。


この混乱した、けれどどこか真綿で首を締められるような新型コロナウイルスの支配する世界の中で、自分さえも本当に存在しているのかわからなくなる。好きな人はちょっと嫌いに、嫌いな人はもっと嫌いになる。平面なのに。平面だから。本当はそこにちゃんとした人間がいるのだといつも以上に意識しなければいけない。好きな人にはいつも以上に好きと。嫌いな人にこそ隙あらばありがとうを言おうと思う。嫌いだけど。別に好きにならなくてもいいのだから。