それから

ちょいと読んでかない?30代、心に響く本や音楽、その他のコト

愛情を注ぐということーー「お家賃ですけど」能町みね子

この世には二種類の人間がいる。同じ場所に住み続けるのが好きな人間と、そうではない人間だ。私は明らかに前者の人間で、もうかれこれ今のマンションの部屋に住んで8年になる。いままで付き合ったどの男性よりも長い期間付き合っている。もうこの部屋と結婚しようかな。結婚してるようなもんだな。


住む部屋というのは内見の時に大体わかるものだ。何軒かの部屋を回っていると必ず、「あ、私この部屋に住むわ」という部屋が現れる。そういう意味では家(とその周辺地域)との付き合いは運命に近いのかもれしない、などと思う。


能町みね子さんの「お家賃ですけど」を読んでいてそんなことを感じた。

お家賃ですけど

お家賃ですけど

「結婚の奴」ではじめて能町さんの著作を読んでからその文章の虜になり、本作を購入。


内容としては、能町さんが「加寿子荘」と呼んでいる築40年超の下宿風アパートと、その大家さんの加寿子さん、隣人、「お師匠さん」と呼んでいる勤め先の人々との交流を描いたエッセイになるのかな。「結婚の奴」の能町さんが30代だったのに対して、こちらの能町さんは20代。そしてもちろんまだ結婚もしていないし、サムソンさん(夫(仮))にも出会っていない。この牛込界隈で一人暮らしを楽しむ能町さんがのちに結婚して二人暮らしをするのだと思うとなんだか胸が熱い。ぜひ「結婚の奴」とセットで読むことをおすすめします。


文章の端々から「加寿子荘」に対する愛情が溢れていてとても微笑ましく、恋愛小説じゃないのに「これは恋愛小説か?」という気がしてきて面白かった。この「加寿子荘」、古いし設備的には色々と不便があって決して住み良いわけではなさそうなのに、能町さんの文章で描かれるととっても魅力的で住んでみたくなるのだから不思議です。例えるなら、ラピュタに出てくる目玉焼きをのせたパンがなんでもないのに美味しそうなのに似てる。


私、「丁寧な暮らし」とかいう言葉があんまり好きではなくて。なんかけっこうなお金をかけて自然派食品とかナチュラルインテリアを買って生活を整えるような、そういうおしゃれ〜な丁寧は息が詰まってしまうし、兼ねてから疑問を感じていた。


でもこの「お家賃ですけど」を読んで、本当の「丁寧な暮らし」ってこういうことじゃないか? と思えた。家の近くに由緒がありそうな名前の坂があることにわくわくするとか、地元の和雑貨のお店で会社の人にちょっとしたものを買うとか、下町の景観をこわしているタワーマンションをののしるとか。そういうのが丁寧に暮らしてるって感じがしてとっても好感が持てました。


それから、印象的だったのは、随所で描かれる死の影。若い「私」がどう死と向き合っているかが素直に描かれていて切ない思いに駆られました。形あるものはいつかなくなっていくんだろうなというのが淡々と綴られる文章からじんわり伝わってきた。「加寿子荘」も、加寿子さんも、周りの人々も、いつかはなくなっていく。それは私だって同じで、私の周りの物も、両親も、人々も、いつかは老いていなくなっていくのだ。だからこそ今を丁寧に生きなければいけない。愛情を注がなければいけない。気づいた時には、愛情を注げられる人はいなくなっているかもしれないから。


淡々と進む日常の中で能町さんが「加寿子荘」に丁寧に注ぐ愛情。
私はその愛情から、そんなことを教えられた気がします。
読んで良かった一冊です。