それから

ちょいと読んでかない?30代、心に響く本や音楽、その他のコト

パラレルワールド

ふとLINEを開くと、とある知人男性とのトーク画面に、「メンバーがいません」という文字が浮かんでいた。男性とは前職に勤めていた時に知り合い、私が新しい仕事についた後も時々LINEで他愛もないやり取りをしていた。

「メンバーがいません」という状態になったのに気づいたのはその日の午後2時頃だった。そして、彼からの最後のメッセージは、それから遡ること半日前の夜中の12時か1時。「お疲れ様です」と一言、メッセージが送られてきた。やりとりのきっかけを作るのは大体いつも私なので、一言とはいえ彼から話しかけてきたことに私は「珍しいな」と感じた。感じつつも、仕事に疲れて眠りに入ろうとしていたこともあり、特に言及せず、「お疲れ様!」と返信した。そして私は束の間の眠りについた。明日もまた仕事が忙しい……。

そして翌日の午後2時頃、気がつくと彼は私のLINE上からいなくなっていた。調べてみると、このように表示されるのは、どうやらブロックされた訳ではないらしい。スマホの機種変更でLINEのアカウントを上手く引き継げなかったか、はたまた違う理由か。良くわからないけれど、そういう、ことらしい。だからといって何がどうなるというわけではない。

こうなってみて初めて実感したけれど、私は彼に連絡を取るすべを何も持っていないのだった。やりとりはいつもLINEでしていたので、携帯電話の番号も知らない。メールアドレスも知らない。Facebookも繋がっていない。LINEでの通信が絶たれた今、こちらから文明の利器を使って連絡を取るすべはない。

ただ、連絡を取る手段はゼロというわけではなかった。私は一度彼の家に行ったことがあるので、記憶を頼りに家に行くことはたぶん、できる。それから、前の職場に共通の知り合いが何人かいるので、その人たちに彼の近況を訊ねることもできなくはない。手段を選ばなければおそらく彼と繋がるのは不可能ではないのだ。

でも、私はそれをしようとは思わなかった。
それにはいくつかの理由があって、まず、家にまで押しかけるのはなんだかすごく気持ちの悪いことのように思われた。特に交際していたわけでもないのに、突然そんなことをされたら相手も困るだろう。それから、共通の知り合いに訊ねることも、万が一彼が自主的に私との関係を断ちたいと思っていた場合に迷惑になりそうだった。

だから彼の消息は今もわからない。消息っていったって、彼はたぶん行方不明ではなくて、もちろん死んでなんかもいなくて、普通に生きて、ご飯を食べて、仕事をして、遊んで、寝て、排泄して、たまにセックスもして、人生を送っている。だけど、私という人間の中では彼は行方不明だ。そしておそらく、もう二度と会うことはない。

私という人間の中で行方不明になった人々がこれまでの人生で何人いただろう。考えてみると覚えていないくらい無数にいる。そういう無数の人々の時間は、今も私の知らないところで進んでいるんだと思うと、不思議な感覚に陥る。
その「私がいない人生を過ごしている人の世界」は、SFでいうところのパラレルワールドと何にも違わないではないか。パラレルワールドというと、もう一つの世界にはもう一人の自分が生きているイメージがあるだろう。でも、例えばもう一つの世界では「自分は死んだ」のだとすれば、それはもう立派なパラレルワールドではないか。

ゴールデンウィークの真夜中にこんなことをつらつらと思いついて勢いで記しているだけなので、この話に結論らしきものは何もない。ただ少しだけ思ったのは、そんなパラレルワールドを無意味にたくさん作り出すのは、なんだかとても切なく、寂しいなあということだ。インターネットやSNSの発達を基本的に肯定してきた私だけれど、もしかしたらそういったものが無数のパラレルワールドを作り出す一端を担っているとしたらなかなか厄介だ。LINEが出来なくなったくらいで消滅する関係は、やはり寂しく、どこか歪である。

彼は何を思って、最後に「お疲れ様です」というメッセージを送ったのだろう。真夜中に放たれた言葉はスマートフォンの画面の中でどこへ行くこともできず佇んでいる。この世界はそんな言葉たちで溢れている。